丁度地元では今頃が文化祭シーズンでして。
「文化祭」と聞いて思い出すのは高校3年の時の文化祭で、今でも一番思い出に残っています。今日はその頃の思い出話でも書いてみようかと思います。い、いや、別にネタがないとかそんなんじゃないっすよ!?(小力風に)
私の通っていた高校は進学校だったんですが、ぶっちゃけあんまり勉強する学校でなく、学校行事にやたら力を入れる学校でして。歓迎遠足、文化祭、体育祭、クラスマッチ等の行事の際は先生は殆ど口出しせず、生徒主導で行われます。それが又色々凝ってたり、面白かったりと生徒主導とは思えない出来でして、それが学校のウリでもありました。
その中でも文化祭は体育祭と並んで1年間の中でもかなり力を入れる行事。
私の高校の文化祭のシステムは、まず全校生徒を4つのブロックに分け、合唱や展示などでポイントを競い、その合計で順位を決定、その順位によって体育祭でのブロックカラーが決められる・・・という体育祭にも影響するという仕組み。ですので、文化祭駄目でも体育祭頑張れば・・・なんてのは通用しません。
で、各ブロックを率いるのは自ずと最上級学年である3年生となるんですが、私のブロックの3年生は、私のクラス(理系進学クラスで8割男)と女生徒だけのクラスの二つ。人数自体は全然他のブロックと変わらないんですが・・・・・・リーダーになるような人材が本ッ当に居ない。特に男子。まあ、理系のしかも進学クラスでしたから、元々「行事?何それ?」みたいな奴が多い。そんな深刻な人材不足ですから、私にすらオファーがくる始末。結局渋々受諾したんですが、その際に受けたリーダーがパネルリーダー。
このパネルてのは結構デカイ板切れに絵を描いて、その評価を他のブロックと競う・・・というモノでして。地味に配点がでかく結構重要だったりします。実は私、当時はそこそこ絵が巧い奴で通ってたので、それで白羽の矢が立ったんでしょうね。まあ、それ以上に人材不足だったというのもあるのでしょうが。
渋々オファーを受けはしましたが、やっぱ任されたからには手を抜くわけにはいきません。それはもう必死にやりましたですよ。当時はまだ部活(軟式テニス)もやってたんで必死に両立させてました。勉強と両立させてない辺りが我ながら凄いと思います。
でまあ、紆余曲折ありつつも何とか当日までに「良い!」と思えるモノを完成させます。周りのブロックが色んな意味で高校生らしい作品を作る中、当時グラフィティに微妙に嵌ってたこともあり、今井トゥーンズっぽい感じなポップアート(っていうんですかね)を作りまして。上手いか下手かは別にして凄い目立ってましたし、何より美術の先生(ちょっと美人)からも「いいじゃん!」的な評価も頂いていたので、正直優勝を確信しておりました。ちょっと粋な優勝コメントなんかも考えてましたっけ。ええ、その勢いでお洒落眼鏡が似合うポニテな女生徒からも告白なんかされちゃったりなんかして!なんて妄想も余すことなくしておりましたよ。・・・・・・皆するよね?
が!
そう恋愛ゲームみたいに上手くいく訳がなく、なんと結果は4ブロック中4位。ゴミみたいな作品のブロックもあったんですが、それにすら負ける始末。あれ・・・ゴミなのはボク達なのかな?
もうね、結果聞いた時は頭が真っ白になりました。そしてガン泣き。閉会式でのフィナーレの感動、そしてビリという結果に対しての悔しさ、それが合わさって涙が止まんなかったです。映画やアニメで感動して涙を流すという事はありますが、こういったイベントで泣いたのはその時が初めてだったような気がします。まあ、体育祭でも泣くことになるんですが、それはまたの別の話。
そしてその年も例に漏れず、文化祭をきっかけにカップルが出来る中、お洒落眼鏡の似合うポニテ娘に告白されるどころか、恋のフラグのフの時も出ずに私の文化祭は幕を閉じます。残ったのは悔し涙とパネルで使うために購入した大量のペンキだけ・・・。どこで分岐を間違えたんでしょうかね。神様は残酷やで。
でも、今となってはいい思い出です・・・
そう思わないと辛いでしょ?